※石けんつくりの過程での様々な現象をちょっとまじめに考えてみるシリーズ※

私も一生懸命調べながら書いています。おかしなところがあればご指摘ください。関連データのご提供等も大歓迎です!

今回は字ばっかりです。


■固形石けんの結晶

前回は脂肪酸分子の図を紹介しました。石けん分子は長い炭素鎖を持つ脂肪のNa塩またはK塩です。

固形石けんの中で、細長い石けん分子たちはどのような状態で存在しているのでしょうか。
毛糸の切れ端をかき集めて袋に詰めたようにぐちゃぐちゃとランダムな状態で固まっているわけではありません。鹸化反応のために温度を上げられた状態から冷却・固化される過程で水分子と共に結晶を生成しています。結晶とは氷砂糖が六角形だったり食塩が立方体だったりするアレです。いくつかの石けん分子がある規則性を持って整列して集合体(結晶)をつくり、さらに結晶が凝集して手に取れる塊になっているのです。

石けんのように両親媒性があって細長い分子は条件によりいろいろな形の結晶を作ります。
型の中で高温からゆっくり冷却される枠練り法の石けんはオメガ相の結晶を作っているとされています。機械練りで急速に冷却・乾燥される石けんはベータ相の結晶が多くなります。100%どちらかに決まっているわけではなく、そういう形の結晶の割合が多くなるということです。

ベータ相はオメガ相より硬いとされ、内部に水分を浸透させやすいため濡らして手や布でこすった時の溶け出しや泡立ちがよく、日常の化粧石けんとして使いやすいという特性があります。しかし水により膨潤して亀裂が入ったり溶け崩れしやすくなります。一方オメガ相の石けんは膨潤や溶け崩れがない代わりにベータ相よりも溶けだしにくいため、お湯が使える浴用石けんに向いています。
しかしベータ相の石けんも(練り方や熟成で?)うまく結晶が配向するように作れば溶け崩れが改善され、表面だけに薄い膜ができるように溶けて使いやすくなると言われています。結晶が小さく凝集し合えないような条件になってしまえば結晶自体は硬くても全体としてはもろい固形石けんになります。一方枠練り石けんでも冷却速度によって硬度が大きく変化し、一つの型の中の石鹸でも冷えやすい外側と徐冷される内側では硬さに2倍も差が出ます(外側のほうが硬い)。
したがって結晶相だけで石けんの性質や使い勝手を決めるのは早計です。


透明石けんはできる限り大きな結晶を生成させないようにして作られたものです。結晶が小さいほど光の散乱が少なくなるため透明度が増します。
透明化剤である砂糖やグリセリンを大量に配合して石けん分子同士が出会う機会を妨げつつ、結晶が成長しにくい温度プログラムで冷却して固めてしまうことで結晶の成長を阻止します。結晶が成長しやすい適温を長時間保ってしまうと大きな結晶による曇りが生じます。この加減は脂肪酸組成等によっても異なるため、温度プログラムは企業秘密になっているケースが多いようです。


徐冷した塩析石けんはオメガ相?


ところで上で枠練り石けんはオメガ相の結晶になると書きました。
同じように静置して固める冷製法(コールドプロセス、CP)石けんもオメガ相が支配的といわれています。

では私たちの手作り石けんの場合はどうでしょう。
以下は私見です。

オメガ相の特徴である「膨潤や溶け崩れがない」という特徴にはちょっと疑問符がついてしまうのではないでしょうか。むしろ「溶け崩れやすいので使用後は浴室から出して乾燥させなさい」的な扱いを受けています。

CP手作り石けんの場合、グリセリンや未反応油脂などの不純物が多くて硬さが得られにくいことに加え、水溶性が高く軟らかい性質の不飽和脂肪酸石けんの比率を高くしがちなこと、特にリノール酸などの多価不飽和脂肪酸の場合は顕著に軟らかくなり、溶け出しやすくなります。溶け崩れやすさは結晶の形以外の理由のほうが大きいと考えられます。

自作に限っていえば、リノール酸過多のやわらか石けんは足が早いこともあって避けがちで、オレイン酸メインで固体脂は少なめのレシピが多いです。常に何個も浴室に放置しているし、洗面所やキッチンで水のかかりやすいところに置いてあっても溶け崩れたことはありません。
溶け崩れやすさについて、グリセリンが水分をひきつけるので・・・という表現を見かけることがありますが、グリセリン主犯説にはちょっと実感がわかないところです。


最後に結晶の観点の話をもう2つ。

保温不足、あるいはアルコールなどの影響で急速に鹸化が進んで高温になったものの短時間に熱を出し切ってしまったために冷めるのも速かった、というようなケースでは特に外側がもろくて崩れやすい、粉っぽいものになることがあります。
これは適温が保たれなかったために結晶の成長が進まず、小さくて凝集しにくい状態になってしまっているためです。


石けんが白い粉を吹く現象について、ソーダ灰(炭酸ナトリウム)なのか粉石けんなのかという議論があります。
私見としては両方プラスアルファ。 感覚的には、保温中にすでに出ている・または保温箱から出してすぐに発生するような粉は粉石けん、乾燥中に浮いてくるものにはソーダ灰プラスアルファも含まれているのではと思います。プラスアルファ の部分は・・・オプション中の水溶性の塩などが蒸発によって析出することもありえます。鹸化反応が十分進まず遊離アルカリが多く残った場合には同じ原理でソーダ灰がでるでしょう。粉石けんは温度変化の加減で小さい石けん結晶として出てくるのでしょうか?
Essentially Soap」の著者Robert S. McDanielはこの粉の石けん成分としての性質はベータ相結晶に似ていると書いています。
まだ温かいうちに蓋を開けてしまって外側が急に冷えたり、湿度変化で急に乾燥したりということで結晶の成長が妨げられる・結晶型が変化するということがあるのかもしれません。経験的には、保温箱の中でも型の上にタオルなどをかけて上部へ熱が逃げないようにして、ラップを外すのや型出しは保温箱から出した後しばらく室温において完全に外部と同じ温度になってからにすると上面の粉や白色化は緩和されると感じています。



参考書籍
■「新版 脂肪酸化学 第2版」 稲葉恵一 平野二郎 編著 幸書房 (1990)
■「Essentially Soap」Robert S. McDaniel, Krause Pubns Inc (2000)