鹸化反応の速さ(2) [石けんまわりの化学(4)] [├ 用語・材料・化学っぽいこと]
※石けんつくりの過程での様々な現象をちょっとまじめに考えてみるシリーズ※
図を作るのが結構大変・・・
■鹸化反応の速さ(2)
油脂によってトレースまでの時間が異なることは多くの方が体感していることと思います。
実はトレースの速さは油脂のある物性値から推測することができます。
油脂による鹸化速度の違いについて、下図のような実験結果があります。
◆図1) ヨウ素価と鹸化速度恒数 (McBain and Kawakami, J. Phys. Chem. Soc., 1929, 2185)
速度恒数が大きいほど反応が速いということです。
およそヨウ素価と反応の速さに相関関係があることが見て取れます。
※マーカーがオレンジのものは油脂中の遊離酸を中和しないで測定しているため若干大きい値が出ている可能性があります。
ヨウ素価とは油脂中に不飽和結合がどのくらいあるかを示す値です。つまり不飽和脂肪酸が多い油は反応が遅いと考えても差し支えありません。
この傾向に明らかに当てはまらないひまし油、米油については下に注記します。
また同じ植物の油脂でも精製度・グレードや鮮度等によって不鹸化物量、遊離脂肪酸量等が違うため常に上のような差が出るとは限りません。例えばオリーブ油のグレードでは一番精製度が高いピュアに比べて不鹸化物の多いエキストラバージンは同程度かやや速く、酸価の高いポマスは速い傾向にあります。
図2では油脂の種類を増やしてヨウ素価をプロットしてみました。点が重ならないように融点で上下にばらしてあります。
Susan Miller Cavitchが経験的にトレースが速いとしているものを赤で示しましたが、彼女は飽和脂肪酸の多い個体脂と構造的な特徴のあるひまし油をQuick Trace としています。(米油は彼女のレシピに入っていません)
どうでしょう、ヨウ素価の大小とトレース速さは体感的に一致するでしょうか?
◆図2)ヨウ素価と融点(油脂化学便覧より)
油脂化学便覧に記載の無かった油についてはまた機会を見て追加していきたいと思います。
ハイオレのひまわり油や紅花油、アボカド油はオリーブ油~椿油に近いところにきます。
◆特別な油脂
・米油(ぬか油) : 乳化作用のある植物ステロールなどの不鹸化物を3-5%も含むため、非常に鹸化は速い。
・ひまし油 : 構成脂肪酸の大半を占めるリシノール酸は炭素鎖中に水酸基(-OH)を持つため水となじみやすく、鹸化は速い。 図1の測定結果では速度恒数36.7と飛びぬけた値になっている。
・ジグリセリド含有(健康エコナ) : ベースはヨウ素価の高いキャノーラや大豆だが、水となじみやすいジグリセリドのため鹸化は速い。
※健康オイル系については →別の記事「健康オイルは石けんによい?」を参照ください。
さて、なぜ不飽和脂肪酸が多いとトレースが遅くなるのでしょうか。
これは本シリーズの(1)で図をお見せした脂肪酸の形による影響と考えられています。
ポイントは不飽和脂肪酸は途中で折れ曲がった節(二重結合)を持っていることで、節があるために飽和脂肪酸よりかさばっています。
また、前回の記事で鹸化反応は油と水の界面で起こっていると書きました。
速く・多く反応するためには界面にたくさんの分子が存在するほどよいのですが、不飽和脂肪酸を含む油脂の分子は飽和脂肪酸に比べてかさばるため、界面にたくさん並ぶことができません。未反応油脂に順番が回ってきにくいため、なかなか反応しないのです。
下は超模式図です。(本当にご専門の方がみたら怒るかもしれませんが・・・イメージということでご容赦ください)
以上の話はトレースが出るまで、つまり反応の誘導期の話です。
型入れ後のことを含めた反応の終わりまではまた記事を分けて書いていきたいと思います。
参考書籍---------------
日本油化学会編, 油脂化学便覧 改定3版, 丸善, 1990
中江大部, 石鹸製造化学 増訂4版, 内田老鶴圃, 1950
Susan Miller Cavitch, The Soapmaker's Companion, Stray Publishing, 1997
図を作るのが結構大変・・・
■鹸化反応の速さ(2)
油脂によってトレースまでの時間が異なることは多くの方が体感していることと思います。
実はトレースの速さは油脂のある物性値から推測することができます。
油脂による鹸化速度の違いについて、下図のような実験結果があります。
◆図1) ヨウ素価と鹸化速度恒数 (McBain and Kawakami, J. Phys. Chem. Soc., 1929, 2185)
速度恒数が大きいほど反応が速いということです。
およそヨウ素価と反応の速さに相関関係があることが見て取れます。
※マーカーがオレンジのものは油脂中の遊離酸を中和しないで測定しているため若干大きい値が出ている可能性があります。
ヨウ素価とは油脂中に不飽和結合がどのくらいあるかを示す値です。つまり不飽和脂肪酸が多い油は反応が遅いと考えても差し支えありません。
この傾向に明らかに当てはまらないひまし油、米油については下に注記します。
また同じ植物の油脂でも精製度・グレードや鮮度等によって不鹸化物量、遊離脂肪酸量等が違うため常に上のような差が出るとは限りません。例えばオリーブ油のグレードでは一番精製度が高いピュアに比べて不鹸化物の多いエキストラバージンは同程度かやや速く、酸価の高いポマスは速い傾向にあります。
図2では油脂の種類を増やしてヨウ素価をプロットしてみました。点が重ならないように融点で上下にばらしてあります。
Susan Miller Cavitchが経験的にトレースが速いとしているものを赤で示しましたが、彼女は飽和脂肪酸の多い個体脂と構造的な特徴のあるひまし油をQuick Trace としています。(米油は彼女のレシピに入っていません)
どうでしょう、ヨウ素価の大小とトレース速さは体感的に一致するでしょうか?
◆図2)ヨウ素価と融点(油脂化学便覧より)
油脂化学便覧に記載の無かった油についてはまた機会を見て追加していきたいと思います。
ハイオレのひまわり油や紅花油、アボカド油はオリーブ油~椿油に近いところにきます。
◆特別な油脂
・米油(ぬか油) : 乳化作用のある植物ステロールなどの不鹸化物を3-5%も含むため、非常に鹸化は速い。
・ひまし油 : 構成脂肪酸の大半を占めるリシノール酸は炭素鎖中に水酸基(-OH)を持つため水となじみやすく、鹸化は速い。 図1の測定結果では速度恒数36.7と飛びぬけた値になっている。
・ジグリセリド含有(健康エコナ) : ベースはヨウ素価の高いキャノーラや大豆だが、水となじみやすいジグリセリドのため鹸化は速い。
※健康オイル系については →別の記事「健康オイルは石けんによい?」を参照ください。
さて、なぜ不飽和脂肪酸が多いとトレースが遅くなるのでしょうか。
これは本シリーズの(1)で図をお見せした脂肪酸の形による影響と考えられています。
ポイントは不飽和脂肪酸は途中で折れ曲がった節(二重結合)を持っていることで、節があるために飽和脂肪酸よりかさばっています。
また、前回の記事で鹸化反応は油と水の界面で起こっていると書きました。
速く・多く反応するためには界面にたくさんの分子が存在するほどよいのですが、不飽和脂肪酸を含む油脂の分子は飽和脂肪酸に比べてかさばるため、界面にたくさん並ぶことができません。未反応油脂に順番が回ってきにくいため、なかなか反応しないのです。
下は超模式図です。(本当にご専門の方がみたら怒るかもしれませんが・・・イメージということでご容赦ください)
飽和脂肪酸だけの場合 | 不飽和脂肪酸がいるとかさばる! |
以上の話はトレースが出るまで、つまり反応の誘導期の話です。
型入れ後のことを含めた反応の終わりまではまた記事を分けて書いていきたいと思います。
参考書籍---------------
日本油化学会編, 油脂化学便覧 改定3版, 丸善, 1990
中江大部, 石鹸製造化学 増訂4版, 内田老鶴圃, 1950
Susan Miller Cavitch, The Soapmaker's Companion, Stray Publishing, 1997
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こんにちは。去年、TAOさんのサイトのBBSで、精油と苛性ソーダが出会ったら、どんな物質になるか悩んでいるところを、助けていただいたふみこです。結局あの問題は解決しないままですが、あのまま助言をいただかなければ未だに迷っていたとこでした~。
あれからたびたびこちらにお邪魔させていただいていたのですが、今回は興味深い記事を載せいていただいてありがとうございます。
難しいことを専門的なお立場から簡単に説明されるのが、ゆりくまさんのスタンスなのかなと思って拝見しています。これからも石けんにまつわる化学的な記事を期待させていただきます!そしていつか、手作り石けんにまつわる化学的知識を出版されることを切に希望いたします!
では。
by ふみこ (2008-09-07 16:32)
こんばんわ。
不飽和脂肪酸の形なんて、今までまったく気にしたことなく、
本に書いてあるから『このオイルはトレースが遅い。早い?』の判断でした。
図、わかりやすいです。
なんで、ある程度攪拌したら少しかまってあげるだけで
『いつかはトレースが出る』って書いてあるのか
ようやく理解です。
ゆっくりゆっくり遅くても分子君がユルリユルリ動いて
ボールの中でこんにちわ(゚ω゚)八(゚ω゚)してるんだ…。
次回はちょっと安心してキャスティール石鹸が作れます。
それにしてもやっぱり、
出来上がる石鹸分子のウネウネの形がそれぞれ違うから
使用感や泡立ち肌当りが違うのですかしら。
ウネウネかさばってなかなかNa+と出会えない不飽和脂肪酸…。
いい出会いをしていただきたい。
頑張れ、オリーブオイル(代表)。
次回も楽しみです♪
by むんむん (2008-09-07 23:12)
▼ふみこさん、むんむんさん こんにちは。
■ふみこさん
その節はどうも~。
なかなか難しい問題ですよね。エステル結合であればある程度潰れてしまうのは仕方ないのでしょうが、実際に全部がなくなってしまうわけではなく残っているわけですから、私自身はある程度割り切って楽しく使っていけたらと思っています。
石けん本を1冊買えば必ず書いてあるようなことはそちらにお任せすればよいし、自分で体感できていない精油の効能などを受け売りで書くのも気が引けるし、私は私なりの視点で面白いと思えることをお伝えできればよいなというスタンスでしょうか。
実は化学も専門外なんで、あまり偉そうなこと書けないんですが。。。
また遊びに来ていただければ幸いです。お気軽にコメントください。
今後ともよろしくです。
■むんむんさん
動いている!と想像できるとなんとなく脂肪酸ちゃんが可愛く思えてきませんか?
ワタシ的には体育館にぎっしり詰まったちびっ子みんなが手足をじたばたさせているうちにだんだん場所を移動してしまう様(サマ)、な想像です。
泡立ちや溶けやすさという点に脂肪酸の構造が影響しているのは間違いないです。しかしこれはあらゆる混合物について言えることなのですが、実際にはAとBを半々で混ぜたら良いところも悪いところも半分ずつの性能になるとは限らず、全く打ち消されたり高めあったりすることも多いのです。
石けんは特にこのような傾向が強いようです。例えば洗浄力あたりなら研究事例が多くネット検索でも面白いデータが見られるかもしれません。
私もいずれ紹介できればと心に秘めています(いつになるかは謎です)
by ゆりくま (2008-09-08 18:50)